文章を書く力が衰えないように、1600字程度でひとつのテーマを手短に書くことを、自分もこれからやっていかなくてはならんなと思う。ここ数年間、休日は本を読んでいた。これはとにかく普通に暮らしていると本を読む時間がないからである。意識的に机に向かって「本を読む」ということをしていかないと、まず「本を読む」ことがない。だから「本を読む」ということを優先して行ってきた。
しかしながら、ここへ来て文章を書く力が衰えてきたと思う。もちろん、仕事ではそれなりに文章を書いてはいるがエンジニア職の文章であり、その文体や内容はどうしてもその方面のものになる。これまで、仕事で文章を書いているから、休日は本を読むことにしようと思ってきたが、どうしても会社の文章は、会社の仕事という一定の範囲と制約の中での思考であり表現である。私個人の思考や表現ではない。
先に休日は本を読んでいたと述べたが、正確に言えば折に触れて多少のものは書いてきた。ただ、それらが断片的であることは否めない。やはり、きちんとひとつのテーマについてまとまった文章を書いて公にすることが必要なのだと思う。
この2026年において「文章を書く」ということについて避けて通ることができないのが生成AIの存在である。今はAIが文章を書く時代であり、人類史上初めて、人がアタマと手を使わなくても、AIにテーマを与えるだけで最初から最後まで文章ができあがるようになった。もはや人が文を書かない。このことは極めて大きな問題だと思う。
自分としては自分のアタマと手で書きたい。会社の仕事では頻繁にAIを使って文章の作成を行っているが、私個人で書く文章は稚拙さやいたらなさも含めて私の文章でありたい。機械というか第三者の視点が必要なのは、誤字脱字とおかしな文章や表現のチェックである。私の文章は生成AIが文章を作成しているのではなく、自分で書いているということを、わざわざ表明しなくてはならない世の中になってしまった。
